泉チャン プチ法話

まもなく私は荒行堂に入ります。
その間に、長女が成人式を迎えます。

一緒に式に出てやることは叶いません。
せめてと思い、前撮りの日に立ち会いました。

白い肌に色とりどりの振袖。
笑っているのに、なぜか涙が出てきました。
それは、二十年間の無事への安堵か。
それとも、晴れの日にいてやれない父としての申し訳なさか。
いや、もしかすると──いつか来る「嫁入り」という言葉が
心のどこかで鐘を鳴らしたのかもしれません。

世は無常…
花は咲いては散り、春は来ては去り、
子もまた、親の手を離れて歩み出す。
それが悲しいようで、実はありがたいこと。
“変わる”ということは、“育つ”ということだからです。

私もまた、五度目の荒行という「もう一つの成人式」を迎えます。

極寒の寒水行に身を浸し、
己を捨てて、神仏にゆだねる修行の日々です。

娘は振袖を纏い、私は清浄衣を纏う。

まるで別の世界のようでいて、
実はどちらも「成長という行(ぎょう)」のただ中にあるのです。

思えば、娘が生まれたときも泣きました。
今日も泣きました。
おそらく荒行堂の中でも泣く事があるでしょう。
人は涙で成長する生きものなのかもしれません。

「行くも行、残るも行」
娘が歩む人生も行(ぎょう)、
私が歩む修行も行(ぎょう)。
どちらも違う道のようで、
同じ仏の道に通じているのです。

二十歳の娘へ。
父は遠くで水を浴びながら、
あなたの幸せを祈っています。
そして戻ってきたときには、
もう一度、あなたの晴れ姿を心の目で見せてもらおうと思います。

1 month ago | [YT] | 266